我慢とは自分に慢心する事

本日は4月8日。お釈迦様のお誕生日です。

また私共のお寺は毎月8日にご縁日として、仏様に感謝のお経を上げる日としています。しかしながらこの度のコロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言をうけて5月6日までの行事をすべて中止にしておりますので、妻と二人で感謝のお経を上げて、皆様の想いを仏様に伝えさせて頂きました。

自粛要請で、皆様が家にいる時間が増え、ネットやSNSを見る時間も多くなっているのではないかと思います。そんな中で、私が学んだことを少しずつ毎日ご紹介して、皆様がご自宅で過ごす時間が少しでも豊かになるお手伝いができればな、と思っています。

Youtubeでのお悩み相談がとても良く、有名になっている大愚和尚の「苦しみの手放し方」という本を読んでいたので、その中で良かった部分を私なりに少しご紹介します。

日々の生活の中で、避難や悪口を”我慢”するという事はどういうことなのか。

まず”我慢”という言葉はそもそも仏教の言葉で「我(自分)に慢心(うぬぼれ)を抱いた状態」という意味です。 一般的には辛いことに耐えるという意味で使われますが、少し深堀りすると、こんなに大切な自分に嫌なことを言われたくないという”自己愛”から生まれる苦しみだという事です。

そんな事を言われても嫌なことを言われたら辛いし、悲しくなるよと思いますよね。私も、もちろんそうです。

じゃあどうすれば良いとお釈迦様は言っているのか、それは悪口や非難がなぜ怒っているのかを観察しなさいとお弟子さんに教えています。

悪口を言う人にも悪口を言う理由があります。それは妬みや体調不良、ストレスが溜まっているというものかもしれません。

また悪口を言われる人にも悪口を言われる理由があります。もしかしたら自分の立ち振る舞いが誤解されているのかもしれません。

悪口や非難を受けて、辛いな、苦しいなとおもったらすぐに、この悪口や非難は何故生まれたんだろうと落ち着いて観察すること。 そうすると不思議と、辛さや、苦しみ、悲しみという気持ちから距離を取ることが出来て、心が落ち着いてきます。それは観察した内容が当っていても間違っていても関係ありません、観察するという行為が心を安定させてくれます。

観察するというワンクッションが”自己愛”から”他者理解”へと心の向きを変えてくれます。”我慢”するわけでなく、次に進むエネルギーを与えてくれます。

今、コロナウイルスで世の中が大変な事になっています。これから仕事や生活がどうなるのか、先が見えなくて不安ばかりが大きくなる日々です。そんな中だからこそ、不安を感じたらまず、今の現状を冷静に観察する事。書き出す事。考える事。それが当てずっぽうでも、不安が少し落ち着き、次に進むエネルギーを心に与えてくれます。

私自身も不安を感じる毎日ですが、現状を見つめ直す良い時間を頂いたと思い、冷静に観察する機会としたいと思っています。そしてこの時間で少しでもみなさまのお役に立てたらなと思う次第です。

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