ダメな自分でも生きていい

昨日に引き続き南直哉和尚の「禅僧が教える心がラクになる生き方」からご紹介致します。

南和尚は子供の頃喘息持ちで、度々激しい発作に襲われ、絶息状態の中で何度も死ぬかもしれないと感じたそうです。それから取れない不安と同時に生きる意味を考えるようになりました。しかしいくら考えても生きる意味なんて解らなかったそうです。

そんな中、国語の教科書で「諸行無常」という言葉に出会いました。

「諸行無常」という言葉は「この世に変わらない確かなものはない」という意味です。南和尚はその言葉から、「変わらない確かな生きる意味なんてものは無い」んだと感じました。そして同時に救われた、と感じたそうです。

「生きることに意味がない」とは救いのない言葉だと思うかもしれません。しかしそう言ってもらえる事で「意味のある人生」「有意義な人生」を送らなければと、肩肘張って頑張らなくても良いように感じられたのです。

仏教には「一切皆苦」という言葉もあります。「この世のもの全ては苦である」という意味です。そんな風に陰気に考えず、もっと楽しく生きればいいじゃないかと思われるかもしれません。

しかしながら「人生はなんて苦しいんだろう」と感じてしまうような状況の時、「夢は努力すれば叶う」といった物語に乗れない時、「自分は本当はダメな存在では無いのか」とうんざりしてしまう時に、この言葉に救われるような気がします。

自分の生き辛さを無視できない時、「諸行無常」だから確固たる自分らしさなんてものはなく、「一切皆苦」だから苦しいのは世の中の当たり前で、そんな自分でも、毎日を生きているだけでそれでいいんだと思えたそうです。

SNSを見渡せば充実してキラキラしている人や、もっと成長するんだという意識高い系の人で溢れています。そしてそういう人を見るたびにそう思えない自分がダメに感じてしまう時があります。苦しい時、落ち込んでいる時は尚更その様に感じてしまいます。

しかし、仏教では人はダメで当たり前、そこがスタートなんだ、と教えてくれています。人は認められる事で自分を確かめます。仏様は誰よりも全ての人を認めてくれているのかもしれません。

日本には沢山のお寺があります。どうか不安になったら仏様のお顔を見て、手を合わせてみて下さい。きっとどんなに苦しい時も、ダメな自分も、全てを認めてくれます。そしてその上でなんとか生きなさい、その先に道はあるんだと励ましてくれます。どんな時でも生きる力を与えてくれるのが仏教の救いだと感じました。

コロナウイルスの影響で様々に心が苦しくなっています。どうか皆様のお心が少しでもラクになりますように。仏様の前で厚くお祈り申し上げます。

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