出来ることを積み重ね続ける

今日も引き続き「禅僧が教える心がラクになる生き方」からご紹介致します。

人に生きる意味なんてありませんが、なんらかの意味を感じないと生きていけない生き物でもあります。それは人間の最大の要求が「誰かから認められたい」という事だからです。

そのためにはどうすればいいか?それは「自分がやりたいこと」をやるということではありません。「自分が出来ること」をしっかりとやる事です。

一つのお手本は、職人の生き方です。職人と呼ばれる腕があり、仕事で評価されている人達は「出来ること」が決まっていて、それを最優先に生きています。そのため、あまり人の目を気にしません。それは何故でしょうか?

なぜなら自分自身が評価されなくても、自分の仕事が評価されているからです。「仕事が認められ」ているので、「直接、自分が認められる」必要がないのです。つまり自分の乏しい能力と限られた時間の中で、何が狙えるのかをシビアに検討する必要があるということです。

よく「なりたい自分になる」「ありのままの自分になる」という言葉があります。しかし自分なんてものは自分の「記憶」と他人の「承認」によって作られたものに過ぎません。

私達は生まれたいように生まれたわけではなく、望んだように生きられるわけでもありません。もともと私達は赤ちゃんのときは何も出来ず、人の手を借りてなんとか生きていたのです。少しずつ少しずつ「出来ること」を積み重ねてきただけです。

だからこそ肩肘を張らなくてもよいのです。理想の自分でなくても、今ある環境の中で「出来ること」を見つけて、毎日を生きていけばそれでいいのです。生きるというのはその程度のことなのです。

と書かれていました。

仏様の教えは全員を救うための教えです。仏様は全員を認めてくれています。信仰をするという事がどこか狂信的で怖いものというイメージがある昨今です。しかしながらまずは仏様は自分を認めてくれている。そんな安心を得て、どんな自分でもここから積み重ねて行けばいいんだという自信を与えてくれるのが本当の信仰だと思います。仏教は誰かが救ってくれる教えではなく、自分に自分を救う力を与えてくれる教えだからです。

気持ちはラクに、しかし諦めずに毎日を積み重ねていきたいと思いました。コロナで大変な中ですが、全員で頑張っていきましょう。

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