祈りは何を与えてくれるのか

「神よ、変えることのできないものを穏やかに受け入れる力を与えてください。変えるべきものを変える勇気を、そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えて下さい。」

この言葉は「ニーバーの祈り」と呼ばれる、キリスト教神学者の詩です。また仏教には「一夜賢者の偈」というものがあります。

「過去は追うな。未来を願うな。過去はすでに捨てられ、未来はまだ来ない。だから、ただ現在のことをありのままに観察し、動揺することなく、よく理解して、実践せよ。
(中略)
このように考えて、熱心に昼夜おこたることなく励む人、このような人を一夜賢者といい、寂静者、寂黙者と人はいう。」

恥ずかしながら小僧時代にお寺で一生懸命に手を合わせている人を見て、分からないことがありました。穿った見方ですが、祈って何になるんだろう。困った時に必要なのは生活に必要なもので、神様仏様が何かを与えてくれる訳ではないし。結局は自分で頑張らなければいけないんじゃないかと。

結局、自分は物の事しか考えていなかったんだなと思います。

今になって分かるのは。祈るということ、唱えるということが与えてくれるのは、物ではなく穏やかな心でした。そして生きる為に穏やかな心もまた欠かせないものなんだな、と改めて感じます。

今、大変な中だからこそ智慧を絞った誰かを助る為の活動が沢山生まれています。それらは見返りがあるからといって行われている訳ではないと思います。物でなく、人の気持ちで人は生かされているんだなと実感します。

今思えば、誰かの為に手を合わせて真摯に祈っている人の姿はとても綺麗でした。目に見えないものを大切にできる、そんな人でありたいと思いました。

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