少しずつ成長すればそれでいい

「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である。」

貧しい村の経営再建をしてまわった、二宮金次郎の言葉です。

今日ちょうどお知り合いの方から、ある記事を送っていただきました。リストラを一切せず48期連続増収増益をあげる会社経営で有名な伊那食品工業株式会社の塚越寛顧問への取材記事でした。

コロナウイルスで多くの企業の収益に影響が出ています。多くの企業がリストラを始めるのではないかとの懸念が出ていますが、どうお考えですか?という質問がありました。

経営者はいい会社にして皆で幸せになることこそが目的。そして危機は起こるもので、その為の準備はしっかりしているので問題ないと、答えていました。

どんな準備なのか?企業には終わりがないのだから成長を急ぐ必要はない。むしろ手元資金を十分に置いて着実に成長するからリスクに強い。売上が半減しても従業員を2~3年雇用し続ける準備をしている。との事でした。

塚越顧問は以前から「年輪経営」を掲げています。別の記事で「成長」について尋ねられた時に、

「業績が前年を下回らなければそれでいい。理想は確実な低成長。寒さや暑さ、風雪などの環境によって幅は変わるが、樹木の年輪ができない年はない、少しだけ成長していく。たとえば屋久杉。毎年の成長はわずかででも、1000年、2000年と生きているから、あれほどの巨木になる。企業の真の価値は永続することだと思う。そのためには屋久杉のように、年輪は小さいほうがいい。」と答えていました。

これまで社会では利益をどんどん再投資して、更に利益を拡大し急速に成長することをもてはやしてきました。いい時はそれで良いかもしれません、しかし利益をどんどん再投資して手元資金を残さないという事は悪くなった時にどこかを切るという事が前提です。そしてそれによってしわ寄せがくるの人達がいます。はたしてそれは人を本当に幸せにする事に繋がっていたのでしょうか。生き辛い社会だなと思います。

「道徳なき経済は犯罪」の言葉の通りなりふり構わず利益を追求するだけでは人は幸せになれないんだろうと思います。そして「経済なき道徳は寝言」の言葉の通り、利益がなければ長期的に人を助け、幸せにすることは出来ません。

コロナは一つの時代の転換点と言われています。どうせ変わらなければいけないなら、年輪のようにこれまでより少しだけでも皆で幸せになれるに、そしてそれを積み重ねていけるように、焦らず少しずつ頑張っていきたいと思いました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です