幸せになるよりも苦しみを避けること

仏教とは人が幸せになる方法を教えてくれるものである。と言うととても耳ざわりが良いですが、実際の仏教では人が幸せになる方法よりも、むしろ苦しみを避ける方法を重点的に教えています。

そんなまどろっこしい事をせずにシンプルに幸せになる方法を教えてくれればいいじゃないか。そう思われるかもしれません。

この問いに対して、名伯楽のエピソードがとても良い気づきを与えてくれます。

名伯楽とは人を見る目がある人の事を指す語ですが、その語源になったのは、紀元前1500年頃に中国にいた人の名前で、馬の良し悪しを見分ける有名な鑑定家でした。

伯楽さんに馬の見分け方を尋ねると丁寧に教えてれたそうです。ただし好きな人と嫌いな人に対しては教える情報を変えていました。

嫌いな人には名馬の見分け方を教え、好きな人には悪い馬の見分け方を教えていたそうです。

普通は好きな人に名馬の見分け方を教えそうですよね。しかし世の中には名馬はごくごく僅かしかいません。名馬の見分け方を知って、必死に探してもなかなか見つけることが出来ません。

世の中の大抵は普通の馬か悪い馬です。そんな中で悪い馬の見分け方さえちゃんと分かっていれば、大きな失敗をする事はありません。

現実の世の中でも、なんの問題もなく幸せな事ばかりの日々を送れる人はごく僅かなのではないでしょうか。そして幸せのカタチは人それぞれで、一様に定義できるものではありません。しかし苦しみのカタチというのある程度、共通しています。

そんな苦しみを避ける智慧をしっかりと身に着けていれば、こんな世の中でも十分に幸せに生きられるんだよ、と伝えてくれています。

そして仏様は法華経の如来寿量品でこの様に説かれています。

「毎に自らこの念を作す。何を以ってか衆生をして、無上道に入り、速かに仏身を成就することを得せしめんと。」

全ての人が苦しみを離れられるように常に願っている。という意味です。誰も取りこぼさない、そんな仏様の優しさが現れた一節だなと感じました。

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