自分の幸せ、それぞれの幸せ

戦争直後のベストセラーで、今日に至るまで100回以上重刷されている三木清の「人生論ノート」という本があります。

執筆時は戦時下ですから国の為に我慢することが良いとされていました。しかし今の社会でも我慢しないといけない事は沢山あります。そんな環境の中でどう幸せに生きるか。同じ様に私達は悩んでいるからこそ、この本は今でも売れ続けているのだと思います。

その中にこんな言葉があります。

「我々は我々の愛する者に対して、自分が幸福であることより、なお以上の善いことを為し得るであろうか。」

自分自身を幸せにする事が、なにより自分を大切に思ってくれる人たちを幸せにする事である。自己犠牲は自分を大切に思ってくれる人を幸せにしないという考えです。

自分の幸せを求める事が一番なんて利己的だと感じられるかもしれません。

仏教には「上求菩提 下化衆生」という言葉があります。

自身の向上を求めながら、同時に人を導くために手を差し伸べるという意味です。そして自身の向上を求める事、人に手を差し伸べる事、どちらかだけではいけないと教えられます。人の幸せも同じなのかもしれません。自身の幸福を求める事だけをしていても、自身をないがしろにして人の幸福を助ける事だけをしていても、どちらも真に幸福にはなれないと教えてくれているのだと思います。

人生論ノートにはこんな言葉もあります。

「成功と幸福とを同一視するようになって以来、人間は真の幸福が何であるかを理解し得なくなった。」

全ての人が成功をするというのは非現実的なのかもしれません。しかし成功と幸福は別物である、と考えることで初めて私達は自分の幸せって何なんだろう、と考える入り口に立てるのだと思います。

それぞれが自分自身の幸福について考え、そしてお互いの幸福を尊重できる。それが本当の多様性なのかもしれないなと感じました。

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