「学びこそが平和への道」

「維摩経」という大変面白いお経があります。

維摩居士という在家(一般の仕事をしている)の人が、出家(お寺に住み修行をしている)の有名なスターたちを次々に論破していくというとても小気味いい、風刺画のようなスパイスの効いたお経です。

その中でこんな話があります。

智恵の象徴である文殊菩薩が維摩居士に「空」を理解にはどうすればいいですか?と尋ねると、維摩居士は「それは六十二見から学ぶべきでしょう。」と答えました。六十二見とは仏教以外の宗教や哲学などありとあらゆる物の考え方の事です。

仏教なのに仏教以外の教えを勉強しなさいというのはとても意外ですよね。教会に言って、牧師さんにキリスト教の真理を学ぶ為にはどうすれば良いか尋ねたら、ヒンドゥー教を学びなさいと言われるようなものです。

どういう意味なのでしょうか?

空とはこだわらない、自分で勝手な判断をしないという心の境地のことです。

私は仏教徒だからとこだわらずに、それ以外の智恵にも学びがあるという思い接すると、それによって逆にこだわりを捨てる事ができ、「空」の智恵を体得できるという考えです。それは海外で生活をして改めて日本の良さが分かるようなものかもしれません。

そしてこの考えの何より素晴らしいことは、私は仏教徒だからと他の宗教を排せず、学ぼうという姿勢で接することで、自分自身も学びを深めながら、その上で誰とも対立しないという事です。

これは宗教にかぎらず、仕事や家庭などの色々な場面で活かせる智恵だなと思いました。こうでなきゃいけないというこだわりを押し付けず、違う考えの人からも学ぼうという姿勢で接し続けることで、結果として自分自身もこだわりを捨てる事が出来て、学びも深まり、人とも仲良くなれる。とても素敵な考え方だなと感じました。

学びこそが平和への道。そう維摩居士は教えてくれているように感じました。

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